FNS歌謡祭のM!LK×宝塚花組コラボが「共感性羞恥」にならなかった理由を考えてみました。
毎年放送されるFNS歌謡祭では、アーティストと宝塚歌劇団のスペシャルコラボが大きな話題になります。
一方で、宝塚ファンの間では「豪華だったけど、なんだか見ていて気まずかった」「共感性羞恥で最後まで見られなかった」という感想が出ることも少なくありません。
しかし、今回のM!LKと宝塚花組のコラボは、個人的にそうした気持ちをほとんど感じませんでした。
むしろ「いいコラボだった」「また見たい」と思えたほどです。
なぜ今回は共感性羞恥を感じなかったのか、自分なりに考えてみました。
🔹共感性羞恥とは?
共感性羞恥とは、自分ではなく他人を見ているのに、まるで自分のことのように恥ずかしさを感じてしまう心理現象です。
宝塚とテレビ番組のコラボでは、世界観の違いや温度差から、この感覚を覚える人もいます。
「どちらかが無理をしているように見える」
「空気が噛み合っていない気がする」
そんな違和感があると、ステージを純粋に楽しめなくなることがあります。
🔹今回はM!LKの”リスペクト”が伝わってきた
今回一番印象的だったのは、M!LKが宝塚の世界観をとても大切にしていたことです。
宝塚に寄せすぎているわけでもなく、自分たちらしさだけを前面に出すわけでもありませんでした。
「一緒に素敵なステージを作ろう」
そんな姿勢が、ダンスや表情、立ち位置などから自然と伝わってきました。
そのおかげで、どちらかが主役というより、お互いが引き立て合うコラボになっていたように感じます。
🔹花組も自然体だった
もちろん、花組の存在感も大きかったと思います。
宝塚らしい華やかさや上品さはそのままに、テレビだからといって無理に雰囲気を変えている印象がありませんでした。
舞台で見せるような堂々とした立ち姿や笑顔が、そのまま画面越しにも伝わってきました。
その自然体な空気が、M!LKともよく合っていたように思います。
🔹「比較」ではなく「共演」になっていた
テレビのコラボは、どうしても「どちらが上手いか」「歌唱力は?」「ダンスは?」という比較で見られがちです。
しかし今回は、そうした勝ち負けを感じる場面がほとんどありませんでした。
一つのステージとして完成されていたからこそ、安心して見られたのではないでしょうか。
見ている側も「失敗しないかな」と心配することなく、純粋にパフォーマンスを楽しめました。
だから共感性羞恥を感じなかった
共感性羞恥は、「この人、大丈夫かな」「浮いてしまっているかも」という不安から生まれることが多いと言われています。
でも今回のコラボでは、その不安がほとんどありませんでした。
M!LKのリスペクト、花組の安定感、そして両者の世界観の相性。
その3つがうまく重なったことで、最後まで安心して見ることができたのだと思います。
🔹まとめ
FNS歌謡祭のM!LKと宝塚花組のコラボは、「テレビだから仕方ない」と感じるような違和感が少なく、お互いへの敬意が伝わるステージでした。
宝塚ファンの中には、これまでテレビコラボで共感性羞恥を覚えた経験がある人もいるかもしれません。
だからこそ、今回のように双方が自然体で、互いを尊重しながら一つの作品を作り上げている姿は、とても印象的でした。
今後の歌番組でも、今回のような「比較されるコラボ」ではなく、「一緒に作品を作るコラボ」が増えていくことを期待したいです。