seikacatのブログ

seikacatのブログ

宝塚歌劇について誰もとりあげない偏った話をしていきます。

戦争とこれから先のエンタメでの描き方について

お久しぶりです。
贔屓の退団を経て記事の更新が滞っております…


今回は短く宝塚歌劇と戦争🪖の描き方についてと生存確認も兼ねて書きます。
またいろんなテーマで記事を書きたいですが気長にお待ち頂けたら幸いです。

コロナ禍を経て、戦争、世界的恐慌の恐れも出てきて、諸々の事情で流通や生産が滞り物価の上昇、少子高齢化による人口減・不景気などで社会インフラが劣化したり値上がりしていくことを、少しずつ許容しなければいけない「ニューノーマル」へと発展するであろうと予測されるこの国と世界。

現実世界がこうでなかったから戦争(悲劇)を舞台で描く、無邪気に「悲しいよね辛いよね」と愉しむことも可能でした。

今年上演された王家に捧ぐ歌やネバセイで感じた違和感は、他の観た方も感じているのではないか。

「戦争がないからそこそ戦争をエンタメとして消費している後ろめたさ」みたいなものはフィクションには付き物で、だからといってコメディばかりでは観る側も続かない…

宝塚歌劇はおそらく今こそクラシカルな悲劇やシリアス作品で観客の不安や期待に寄り添う姿勢を求められています。

ただ現在のところ、うたかたなどの古典の作品で時間稼ぎをしている印象も見受けられます。

肯定的であれ否定的であれ「戦争(や悲劇)を語るには戦争(悲劇)を描く必要がある」のでこれは現実とのリンクや調整をしてものがに落とし込む必要があります。





宝塚歌劇はこの先戦争や災禍などの悲劇をどう描くのか。
しばらくはそこを注視していくつもりです。